建築家 黒川紀章とは

ここでは、世界からも評価の高い日本を代表する建築家の1人・黒川紀章の建築の魅力や代表作について紹介します。高級注文住宅のデザインを考える際の参考にしてください。

黒川紀章とは

1934年に愛知県名古屋市に生まれ、東京大学大学院にて日本の近代建築の礎を築いた丹下健三から指導を受けた黒川。26歳のときに菊竹清訓ら若い建築家・デザイナーグループと建築理念のメタボリズムを提唱し、世界に黒川の名が知られるようになります。


黒川紀章建築都市設計事務所を設立後は、中銀カプセルタワービルや名古屋市美術館、ヴァンゴッホ美術館新館、クアラルンプール新国際空港など国内外に多くの名建築を輩出。日本建築学会賞や日本芸術院賞、フランス芸術文化勲章など国内外で賞を多数受賞しており、日本を代表する建築家の1人です。

黒川紀章
建築の魅力とは

黒川紀章の建築には、どのような魅力があるのでしょうか。

自然との共生

黒川紀章は自然を巧みに取り入れた建築物を手掛ける建築家として知られ、海外からも高く評価されています。

「自然との共生」という黒川の建築哲学の原点となったのは、昭和34年の東京大学大学院時代に体験した伊勢湾台風です。5,000人もの死者を出した伊勢湾台風の体験が、その後の黒川の建築哲学に大きな影響を与えました。

自然との共生というテーマは時代とともに受け入れられるようになり、美術館や国際会議場などの建築物に黒川の共生思想が投影されています。

メタボリズム

メタボリズムは1967年に開催された世界デザイン会議にて、黒川をはじめとする若い建築家・デザイナーグループが提唱した建築理念です。細胞が新陳代謝して変化・成長するように、建築や都市も社会の発展や人口の増加などに応じて空間や設備を取り替えながら、成長させるべきとしています。

メタボリズムの思想が投影された建築物としては、建築家・黒川の名を一躍高めた大阪万博でのパビリオンや中銀カプセルタワービルなどがあげられます。

建築家 黒川紀章の
代表作

黒川紀章が手掛けた建築のうち、代表的な作品を紹介します。

中銀カプセルタワービル

黒川のメタボリズム思想を象徴する代表的な建築の1つ。1972年に銀座に竣工したコンテナユニット型マンションで、最小限の機能をつめこんだ約10m四方のカプセルで構成されています。140個のカプセルはいつでも取り外し可能で、カプセルを交換することで200年に渡ってビルを維持できるという構想で建てられました。

ただ、実際にカプセルが交換されたことはなく、2022年にビルは解体。「中銀カプセルタワービル保存・再生プロジェクト」によって状態の良かったカプセルは救出され、和歌山県立近代美術館やサンフランシスコ近代美術館に所蔵されています。

寒河江市役所庁舎

メタボリズム思想が投影された黒川建築初期の代表作で、3・4階が大きく張り出したインパクトのある設計がされています。中心部が吹き抜けとなった2階ホールの床は一部がガラスブロックになっており、1階の議場まで光が届く構造に。従来の庁舎のイメージをくつがえすモダン建築として、強いメッセージ性を感じさせる建物に仕上がっています。

国立新美術館

東京・六本木にある国立新美術館は、国内外で数多くの美術館を設計した黒川が生前に完成させた最後の美術館です。「森のなかの美術館」をコンセプトに設計され、大波のようにうねるガラスのカーテンウォールと円錐形の正面入り口が個性的な外観を演出しています。

美術館の外には青山公園などの地域の緑にとけこむように草木が植栽されており、吹き抜け1階のロビーからガラス越しに四季折々の自然の眺めを楽しめるのが魅力。建築家としての生涯に渡って自然との共生を大切にしてきた、黒川の思いが感じられる建築物です。

広島市現代美術館

比治山の豊かな自然に溶け込むように建てられた美術館です。切妻屋根をもつ建築の集合体で構成された建物は、部分と全体の1つの共生を表現しており、集落のような趣を感じさせます。

2020年から約2年3ヶ月にわたって行われた改修工事では、黒川の意匠を重んじながら、経年劣化した箇所の機能回復とこれからの美術館に求められる機能拡張を中心に実施。黒川が願いを込めた共生のシンボルを未来へとつなぐ美術館へと新たに生まれ変わりました。

名古屋市美術館

黒川の故郷・名古屋市の中心部にあり、都会のオアシスとして市民から親しまれている白川公園内に建つ美術館。

西欧と日本の文化、歴史と未来の共生をコンセプトとして掲げており、内部のドア枠や窓は西欧の建築様式と江戸の天文図などが共存しているほか、梅鉢の紋や茶室のイメージなどを随所に採用。入り口は鳥居を思わせる格子状にデザインされ、白川公園の豊かな自然と建築の共生を実現しています。

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